2013年10月10日木曜日

読書百遍、董遇三余

"Clinical Problem-Solving"のディクテーションを休んで、はや三ヶ月。とある試験の準備がきっかけだが、冷静に意義を考え直すと、音声一部をくり返し聴いて書き取ることと、一回性のある音声全体を聴いて分かるようになることは、根本的に違うことなのだ。聴いて分かるようになるには、至極当然、聴かなければならないし、読んで分からないことは聞いて分かるわけがない。決定的にインプットの回数が不足している為に分かるようにならないのだ。
董遇、字季直、性質納而好学。.......人有従学者、遇不肯教,而云:“必当先読百遍。”言読書百遍而义自見。従学者云:“苦渴無日”遇言:“当以三余。”或問三余之意、遇言:“冬者歳之余、陰雨者時之余也。”由是諸生稍従遇学。 出典:「三国志」魏書の王朗伝
そう、100回とは言わなくても、同じ素材を30回くらいは咀嚼することが必要なのだ。そのための素材の準備方法を3つほど提案。

  1. podcastからAudacityでCPSの部分を切り出し、10回繰り返し、-40から+70に速度を徐々に上げていく音声を作る。
  2. DropboxとWappwolfを連携して、pdf書類をダウンロードしたら、自動的にKindleに転送するように設定する。
  3. 身も蓋もないが、pdf書類を印刷して持ち歩く。